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(小林尹夫-哲学ルーム)

『君たちは―』(第15回)・哲学―唯物論と観念論、弁証法と形而上学

君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)-私の読書体験ノート

哲学とは一体何か。それは哲学発祥の地ギリシャの言葉「フィロソフィア」(知恵の探求の意)に由来している。それは一般的には、万物を支配する原理、宇宙・世界・人間社会・人生の根本的原理を探求する学問、認識論のことである。
古代ギリシャ人が明らかにした哲学的真理・宇宙の根本原理とは何か。古代ギリシャ哲学の祖ヘラクレイトス(前535〜前475)はその天才的直観で、万物(宇宙)の原質は火(物質)であり、火が変成した物であり、それは永遠の生滅・変化の過程にある。万物は流転している。また、その動と生は対立する物の相克であり且つ調和であり、戦いは万物の父である、と説いた。マルクスの盟友・エンゲルスは、「全自然(物質たる宇宙)は最小のものから最大のものまで、砂粒から太陽まで、原生生物から人間まで、永遠の生成と消滅、たえまない流れ、やすみない運動と変化の中にある」というこのヘラクレイトスの天才的直観こそ偉大な真理を述べたものであると、高く評価している。
だが、その後の哲学の歴史は、この天才的直観が捉えた宇宙の根本原理から出発しつつも、更にその精密化と法則性を目指す過程で、唯物論と観念論(唯心論ともいう)との対立、そして弁証法形而上学(けいじじょうがく)との対立を深めていくことになる。
ヘラクレイトス没後のギリシャ哲学において、レウキッポスとそれを承けたデモクリトスは「原子論」(古代原子物理学)を展開した。物質を意識に対して根源的であるとし,感覚,知覚,表象など一般に人間の意識を客観的存在・事物の反映としてみる唯物論的世界観であった。
この唯物論に反対し、観念論を唱えたのは古代ギリシャの哲学者であるソクラテスアリストテレスなどであり、彼らは精神・意識・霊魂こそが真の実在である、としたのである。こうした観念論は、「神が世界、宇宙・地球・全生物・人間の全てを、現在あるように創ったのであり、全ては不変である」「地球が中心であり、太陽は地球の周りを回っている」とするキリスト教スコラ哲学(観念論)に引き継がれ、唯物論と激しく対立した。
その観念論は、キリスト教的観念論が長く支配的地位を占めていたが、14世紀から16世紀にかけてヨーロッパに出現したルネッサンス運動(人間復興運動)によって新しい次元へと発展させられた。その結果、18世紀後半から19世紀半ばにかけて、ドイツの哲学者であるカント・ヘーゲルらの手によって意識・精神世界の法則性の解明を目指した近代観念論が完成される。
一方の唯物論は、17世紀に登場し、経験的唯物論を展開したイギリスのベーコン,ホッブズ,ロックに引き継がれ、更に19世紀前半にドイツに出現したフォイエルバッハの手によって根本的なキリスト教批判がなされ、神は人間が創ったものだ、世界とは人間自身のことだ、と結論づけられた。マルクスフォイエルバッハのこの唯物論を高く評価しつつも、その非弁証法的な、観照的(非実践的)な側面、宗教的感情を肯定した(神は人間が創ったものだが尊い存在ではあるとした)その観念論への舞い戻りを厳しく批判している。
さて、哲学の歴史に登場するのは、この唯物論と観念論の対立だけでなく、もう一つ、弁証法形而上学の対立がある。
ヘラクレイトス以後の古代ギリシャにおいて、自然は運動であり、その本性は内環運動である、という弁証法を展開したのはアリストテレスであった。しかしこの弁証法は、全能の神が宇宙・地球上の全てを今ある形に創ったのであり、自然の不変性は絶対的である、とする形而上学(目に見えない神の意志によって創造されたものを最高の存在、不変・絶対の存在とする哲学)によって、その発展を妨げられた。ただ、猿は猿であり、人間は人間であり、両者はまったく別物であるとする固定的で形而上学的な認識論も、ギリシャ的な直観的世界認識を更に精密なものにする為に必要であった、自然の分類と認識材料を蓄積する段階においては、その限りにおいては「科学者」の仕事を阻害するものではなかった。だがしかし、自然の認識材料が膨大に集められ、いよいよ自然現象の総体的な関連、一つのものから他のものへの移行が研究対象となるや否や、形而上学は大きな阻害物となり、弁証法的認識が強く求められるようになったのである。
近代において、その弁証法を強く説いたのは、ドイツの哲学者であるカント・ヘーゲルらであった。彼らは意識・精神を考察の対象とする観念論哲学者であったが、意識・精神の運動の中に弁証法の法則を発見し、体系化したのである。ヘーゲル弁証法について、ヘーゲル左派に属していたマルクスは、「弁証法ヘーゲルの手中で神秘化されているが、しかしそのことは、彼が弁証法の一般的運動諸形態をはじめて包括的かつ意識的な仕方で叙述したことを決して否定するものではない。弁証法は彼にあっては逆立ちしている。…われわれはこれをひっくり返さねばならない」と評している。
言うまでもなく、こうした哲学発展の背景には、自然科学における様々な発見―コペルニクスガリレオの地動説。ニュートン万有引力の法則。宇宙は運動しており、巨大な星雲・ガスの渦の中から地球と太陽系は生成されたというカントの星雲説。自然の種は不変のものではなく、自然淘汰と適者生存の法則によって植物・動物は生成・変化・発展して来たとするダーウィンの進化論等々があった。
そしていよいよ、マルクス(1818〜1883)とエンゲルス(1820〜1895)の登場である。マルクスエンゲルスは、近代哲学の最高峰であったドイツ古典哲学の最大の成果たるヘーゲル弁証法フォイエルバッハ唯物論を正しく評価し、これを継承し、止揚し(正しい側面を継承し、弱点を克服し、新しい段階に発展させて)、人類最高の哲学たる弁証法唯物論史的唯物論を完成させたのである。