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(小林尹夫-哲学ルーム)

アメリカ発世界恐慌(2008年リーマンショック・1929年大恐慌)とソビエト社会主義(1928年第1次・1933年第2次計画経済) (第2回)

 1929年のアメリカ発世界大恐慌を語る前に、浜矩子教授も触れている現代のアメリカ発世界恐慌について見てみよう。

 2008年9月に起こった、「21世紀型・グローバル恐慌」と言われた「リーマン・ショック」がそれである。2008年9月16日、極限まで膨らんだアメリカの「住宅バブル」が一気に破裂し、米投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、米保険大手会社のAIGの経営悪化から株価が大暴落、アメリカ経済のみならず、世界経済を土台から揺るがせ、大混乱に突き落とした。

 アメリカが「住宅バブル」に突入していくのは、「サブプライムローン」なる低所得者向け住宅ローンが「発明」され、低所得者への住宅販売が急速に拡大し始めた2003年ごろである。かつて日本にも「土地神話」というものがあった。「土地の値段は絶対下がらない」「土地さえ買って持っておれば絶対安心」という信仰・神話である。それが「不動産バブル」を産み、それが1989年12月に破裂・爆発し、株価は一気に下がり、日本の深刻な経済危機を引き起こした。同じように、アメリカには「住宅神話」というものがあった。「住宅の値段は絶対に下がらない」という信仰・神話である。それが「住宅バブル」を産み出したのである。

 ただ、忘れてならないことは、この「住宅バブル」の背後には、2001年9月11日のアメリカ中枢機関を襲った「同時多発テロ」(3000人死亡)に対する報復戦争として始まったアフガン戦争があり、2003年3月に「サダム・フセインはテロ集団アルカイダと繋がり、大量破壊兵器を造っている」(後にこれらは嘘であったことが判明)として開始したイラク戦争があったことである。

 ブッシュ政権アメリカ政府の話では、「戦争はすぐ終わり、戦費も僅かに過ぎず、安い石油が手に入り、素晴らしい民主主義的世界が中東全体に広まり、アメリカ経済に大発展をもたらすであろう」ということであった(注:アメリカのシェールオイルが本格的採掘を開始し、アメリカ国内の石油生産量が増大していくのは2010年代からである)。

 しかし、ご存じの通り、2020年の今日に至るも、アフガニスタンでは未だに内戦が続き、フセインが倒された後のイラクには「イスラム国」(IS)が生まれ、激しい戦闘が展開され、その「イスラム国」は崩壊したものの、今度は米国・イランの対立を激化させ、更にその戦火はシリアに波及し、今や中東全体が「不安定混乱地帯」となっているのだ。戦争を始めたブッシュ政権アメリカ政府の思惑は完全に崩れ去り、戦争は長引き、戦費は膨大になり、「アメリカ一極の世界支配」は崩壊し、今や資本主義世界は無重力・大漂流化してしまっているのである。

 この戦争は「アメリカ一極の世界支配の崩壊」を引き起こし、アメリカ及び世界の政治に深刻な影響を与えたが、アメリカ及び世界経済にも深刻な影響を与えた。

 その第1は膨大な戦費の出費である。ノーベル経済学賞受賞者であるコロンビア大学教授スティグリッツは、『世界を不幸にするアメリカの戦争経済』(2008年5月刊・徳間書店)において、「2012年にアフガン・イラクから完全撤退した場合」の試算として、「アメリカ一国が出費した総戦費は3兆ドル以上」(1ドル105円だと315兆円以上)とはじき出している。そしてまた、スティグリッツ教授は「戦争は経済を上向かせるは神話は全くの誤りであり、今時、こんな神話を信じるエコノミスト一人もいない」「戦争・軍備にカネを費やすことはどぶにカネを捨てることと同じで、兵器ではなく、工場投資、インフラ投資、研究投資、健康投資、教育投資にカネを回しておけば、将来的に生産性が増し、大きな成果を獲得できるかもしれないのだ」「イラク戦争アメリカ経済を弱体化させたことは議論をまたない」と明言している。アメリカ政府はこうした膨大な戦費(普通の公共投資の上に積み上げられる追加費用)を国債発行によって処理するしかなく、毎年膨大な赤字が垂れ流され、膨大な負債が増えていった。スティグリッツ教授は、その負債は「アフガニスタンイラク戦争を仕掛けたつけで、2008会計年度の終了時には9000億ドル(1ドル105円として94.5兆円)を越えるであろう」としている。

 第2は石油高騰である。この点についても、スティグリッツ教授は「イラク戦争は開戦と同時に右肩上がりの原油高騰を引きおこし、戦争が長引くに従ってどんどん高騰していった。これによって利益を得たのはエクソン・モービルなど石油大手会社だけで、総体としてのアメリカ経済は高い石油価格に苦しめられてきた」と明言している(注:シェールガス資源の採掘が増大していくのは2010年代以降である)。本来アメリカ製品の購買に向けられるべき石油代金である年間250億ドル~500億ドルのカネが産油国に支払われ、その分アメリカ国内の消費は減少し、国内総生産GDP)は大幅に落ち込んだ。そしてアメリカの国内消費の落ち込みは、輸入を減らし、世界各国の輸出を落ち込ませ、世界経済にも大きな打撃を与えた。

以上のような二つの要因故に、間違いなく、長引く戦争はアメリカ経済に深刻な打撃を与えた。その対策として、アメリカ政府と中央銀行連邦準備制度理事会FRB)は如何なる手を打ったのか。実は、彼らの打ったその手が、リーマン・ショックを生み出していくのである。

 スティグリッツ教授は先の著書で次のように指摘している。

連邦準備制度理事会FRB)は、金利の引き上げを見送り、金融機関の貸し出し基準の緩和に目をつぶり、アメリカ人がもっとカネを借りられるように、もっとカネを使えるように後押ししたのだ。記録的な低金利が続く中、当時のFRB議長アラン・グリーンスパンは事実上、変動金利型の住宅ローンを推奨し、〝さらなるリスクを取れ〟と国民を焚きつけて来た。変動金利型は初期の利払いを低く抑えられるため、同じ抵当物件でも、より大きな資金が借りられる。こういうからくりがあったからこそ、アメリカは身の程を越える消費を続けてこられたわけだ』と。(注:FEDは米国の中央銀行の制度そのものを指し、その中で実際に意思決定をしている組織がFRB

 まさに、スティグリッツ教授が指摘するように、リーマン・ショックの原因となった「住宅バブル」の背景にあったのは、2001年9月11日のアメリカ中枢機関を襲った「同時多発テロ」(3000人死亡)に対する報復戦争として始まったアフガン戦争であり、2003年3月に「サダム・フセインはテロ集団アルカイダと繋がり、大量破壊兵器を造っている」として開始されたイラク戦争であった。