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(小林尹夫-哲学ルーム)

アメリカ発世界恐慌(2008年リーマンショック・1929年大恐慌)とソビエト社会主義(1928年第1次・1933年第2次計画経済) (第3回)

 2008年9月16日の「米投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻」に端を発し、アメリカ経済のみならず、世界経済を土台から揺るがせ、大混乱に突き落とした「リーマンショック」はどのようにして産み出され、どのような経過をたどったのか、それを見てみよう。

参考資料にしたのは米倉茂氏(1950年鹿児島生まれ、東京大学博士課程卒、佐賀大学経済学部教授、現在同大学の名誉教授)の著書『リーマンショック 10年目の衝撃』(2019年3月刊・言視舎)及び先に紹介した浜矩子氏の著書、そして株式会社ユーロフバンクエデュケーション のWEBサイト「GOA online」に掲載されている『リーマンショックを基礎の基礎からわかりやすく~2008年に何が起こったのか~』等である。

そのショックを産み出した直接的要因は、かの有名な「サブプライム・ローン」及びその証券化という、とんでもない発明・発見・開発、その大々的販売にあった。元通産相官僚で国務大臣も務め、その後は作家・経済ジャーナリストとして名を馳せた堺屋太一氏は『中央公論』(2008年12月号)で「サブプライム・ローンとはノーベル賞級の詐欺である」と喝破しているが、まさにそれはまことに、複雑で、巧妙で、大衆を収奪する、実に強欲な仕組み・制度であった。

そもそも「サブプライム・ローン」とは何か。「サブプライム・ローン」に対して「プライム・ローン」がある。「プライム」とは、「最も重要であること。最も上等であること。最上部。極上。一般に高所得者、優良客」を指す言葉である。「プライムミニスター」とは「総理大臣」のことであり、「最も重要な、最上級の大臣」の意味である。一方、「サブプライム」とは、「重要なものの次、中位・下層所得者」の意味である。すなわち「プライム・ローン」は高所得者・優良客を相手にしたローンであるのに対し、「サブプライム・ローン」は下層の低所得者を相手にしたローンである。その違いは―プライム・ローンは固定金利型で、トータル的には低金利ローンであるのに対し、サブプライム・ローンは変動金利型で、トータル的には高金利、という点にある。

アメリカの不動産会社は、連邦準備制度理事会FRB)が進めた低金利政策及び金融機関の貸し出し基準の緩和容認―記録的なカネ余り現象の発生―で生じた「住宅バブル」を徹底的に利用した。金持ち相手のプライム・ローンの販売が一段落するや、さらなる餌食を求めて今度は下層所得者にサブプライム・ローン住宅の大量に売りつけに乗り出していった。サブプライム・ローン(たいてい30年ローン)の場合、最初の2,3年は元本返済を免除し、金利も低く設定しておいて、下層所得者でも買い易くしておく。3年後には高金利の支払いが始まるのであるが、不動産会社は「住宅バブルで住宅が値上がりし、住宅担保価値が上がるから、再び優遇措置が適用されるから心配ない」と‶悪魔のささやき〟を囁いて巧みに売り込みを図る。先のことはともかく、今売れれば手数料が入るから、取りあえず数多く売れれば良かったのだ。ローン会社・金融機関も、仮に購買者が破産しても住宅を担保にとっておけばすぐに高く売れるのであるから、貸付金はすぐ回収できる、というわけである。

 ところで、本当の問題はここからである。不動産会社(それと一体のローン会社)は、低所得者に住宅を売る・ローンを組むだけでは満足しなかった。「住宅は絶対に値上がりする」ということを大前提として、住宅購入者のローン債権を‶担保〟に「住宅ローン債権担保証券」(不動産証券・モーゲージ証券ともいう)なるものを発行し、これを投資会社・投資家に売り、その資金を、次なる住宅販売・ローンの運用資金とし、更なる営業・業績拡大を実現させていったのである。まさにこの「住宅ローン債権担保証券」(サブプライム・ローンの証券化)は、実に強欲な仕組みであり、まことに「ノーベル賞級の発明」であった。

こうしたローン債権を‶担保〟にした「不動産証券」の発行・販売は、不動産屋・ローン会社にとって、二つのメリットがあった。

第1に、ローン債権貸し倒れのリスク(危険)が回避できることである。住宅購入者がローンを払えなくなった場合(貸し倒れが起こった場合)、その損失リスクは、不動産会社及びそれと一体となっているローン会社ではなく、その債権の購入者(投資家)が負うことになる。もっとも、「住宅は絶対に値上がりする」(大前提)以上、投資家もまた、担保として取ったその住宅(中古)を売れば、損失は無くなり、儲けが出る。

第2に、不動産会社・住宅ローン会社は不動産証券を売って得た資金を新しい運転資金とし、これを元手に新しい住宅購買者・ローン顧客をどんどん獲得することができる。これなら、リスクの心配なく、いくらでも住宅を売ることができる。まさに「一石三鳥」である。

「GOA online」に掲載されている『リーマン・ショックを基礎の基礎からわかりやすく~2008年に何が起こったのか~』を参考に、詳しく説明しよう。

  • 不動産会社はA1さんに「元金300万円、利息30万円、期間10年」で住宅を売った。同じような条件でA2さんにも、A3さんにも、A4さんにも売った。その結果、当面の手元資金が300万×4人分=1200万円減った。単純に言えば、もし不動産会社の元手資金が1300万円だったとすると、この時点で、金庫には100万円しか残っていないことになる。
  • そこへ、B1さん、B2さん、B3さんから住宅購入の注文が入った。ローンを組む(3人分の建設費を用立てる)には300万×3人=900万円の資金が要る。普通は、この場合、銀行に融資を頼み込む。高い利子を払って借り入れをする。そこで登場したのが「不動産証券」なるものである。A1さん~A4さんのローン債権を一つにまとめ、「1200万+50万~100万(利息分故に既返済年月によって変動)・期間1~10年(これも既返済年月によって変動)」という新しい不動産証券(モーゲージ証券)を作る。こうした証券を作る組織として「特別目的事業体」があった。この証券を投資会社・投資家に売れば、1200万円+アルファ(利息分)の資金を得ることができる。

(注:実際には、特別目的事業体は、住宅ローンを数百~数千の単位で束ね、これを分割して証券化した)

  • こうして不動産会社・ローン会社は、新たな住宅購入者B1さん、B2さん、B3さん3人のローンを組み、販売を実現させていった。こうすれば、不動産会社・ローン会社は銀行から高い利子を払って元手資金を借りる必要もなくなる。

(注:不動産会社・ローン会社はローン債権を証券化すればどんどん投資会社が買ってくれるので、ローンの審査基準をゆるゆるにし、かなりの低所得者にもローンが組めるようにし、普通はローンなど組めないような低所得者にも住宅を大量に売りさばいていった)。

  • しかし、話はここで終わらない。強欲資本主義―金融機関―は儲けの為、利得の為に更に巧妙で複雑な仕組みを作り、この不動産証券を投資家たちに売りつけていった。その最大の仕組みが「格付け制度」である。サブプライム住宅ローンの多くは住宅ローン債権担保証券という形で証券化されるのだが、更にそれと他の社債、企業向け貸付金、消費者ローン債権、自動車ローン債権などが合成され、まったく「新しい債券」(CDO債務担保証券)が作られた。そして、第三者機関である格付け会社によって、その証券は「シニア」(AAA格)「メザニン」(AA格、A格、BBB格)「エクイティ」(BBB格未満)というリスクに応じたクラスに分けられ、損失が生じた場合でも、そのクラスに応じて損失が割り当てられ、その損失の大部分が格付け会社によって保証される仕組みになっていた。これで投資家は安心してCDO証券を購入できる、というわけである。

以上、まさに「一石三鳥」の策である。が、言うまでもなく、こうした「好循環」「一石三鳥」が通用するのは、住宅が値上がりし続ける場合であり、バブルが弾け、住宅が値下がりし始めたら、「すべてはジ・エンド、終わり」なのである。

しかし、バブルに浮かれた投資家たちはまったく無防備であった。このように、リスクの高いサブプライム住宅ローン担保を含んだ証券は、様々な信用補完処置が行われ、投資家に安心感を与えるように工夫されていたのであるが、複雑に、巧妙に作られたこの「新しい合成証券」(CDO債務担保証券)には、「サブプライム住宅ローン債権担保証券」のようなリスクの高い要素が混じりこんでいたにも拘わらず、その危険な実態は見えなくなっており、住宅バブルに踊る投資家たちは「大儲け」に浮かれ切っていて、そのリスクにまったく無頓着であった。

投資会社もまた、投資家に対して、「新しく合成された証券(CDO債務担保証券)には格付けの高いローン債権も入っており、リスクの高い不動産証券(実質はサブプライム・ローンのこと)は僅かしか組み込まれていないから、その部分がデフォルト(貸し倒れ)を起こしても大勢に影響は無いから心配するな」と説明し、その無頓着をさらに拡大させていた。

預貯金を持っていた一般投資家、年金事業機構、保険会社など投資する側は詳しい情報など得ることが出来ないので、専門の投資会社にすべて委託して資金運用を図るのが普通であった。投資会社側は資金運用の手数料を収入源としており、リスクを承知していても、様々な理由を付けて次々と投資先を変更して手数料を増やし、稼ぎを拡大させていった。投資家は何も知らされることなく、「無頓着」状態に置かれたままであった。

だが、いずれにせよ、こうした格付けなどの信用補完処置は、結局は「住宅は値上がりし続ける」という神話(大前提)が生き続けている限りにおいてのみ有効なのであって、あちこちで「住宅の値下がり⇒貸し倒れの発生」が始まるや、投資家たちが「新しく合成された証券」(CDO債務担保証券)そのものへの不安・不信を募らせていったのは当然のことである。

ひとたび住宅の値下がりが明るみに出れば、たちまち信用崩壊が始まり、必然的に住宅ローン債権担保証券といったような危険を組み込んだ「新しい合成証券」(CDO債務担保証券)は疑惑の目で見られるようになり、不信・不安から売りに走り、証券の大暴落・紙屑化が始まるのである。実際、2007年頃から「住宅の値下がり」が始まり、2008年には「大暴落・紙屑化」が始まった(きっかけはバブル狂乱に恐れをなしたFRBが遂に金利引き上げを発表したこと)。 

それが「リーマン・ショック」となるのだが、その「大暴落・紙屑化」が「リーマン・ショック」というような大恐慌状態に発展していった背景には、次のような事情があったことを付け加えておこう。

第1、すでに述べたように、アメリカ政府と中央銀行連邦準備制度理事会FRB)は、長引くアフガン・イラク戦争が与えたアメリカ経済への深刻な打撃への対策として、金利の引き上げを見送り、低金利を続け、金融機関の貸し出し基準の緩和に目をつぶり、アメリカ人がより多くのカネを借りられるように、もっとカネを使えるようにと後押しをしていた。いわゆる「インフレ政策」の採用である。つまり、世の中に、アメリカのみならず国際的にカネがじゃぶじゃぶ溢れかえっていて、人々の投資活動熱を嫌が上にも燃え上がらせていた。投資機関・投資会社は手数料収入を求め、多くの投資家たちに「今こそ大儲けのチャンスだ!」と煽り立て、「新しい合成証券」(高リスク・高リターンのCDO債務担保証券)を売りまくった。その結果、バブルに浮かれた多くの投資家たちが、このリスクの高い証券投資に一斉に走り出していった。

第2、もう一つは「レバレッジ」(‶てこの力〟‶てこの作用〟といった意味)の登場・普及である。これが用いられると、担保として預けた証拠金の何十倍にも相当する資金を動かして取引ができた。

    たとえば、1ドル=100円の時に2万ドル分(200万円)の投資を行うには、外貨預金のような商品であれば、当然ながら2万ドル分(200万円)の資金が必要になる。この時「レバレッジ」を使えば、10万円分の証拠金で2万ドルの投資が可能であった。つまり、200万円相当÷10万円で「20倍のレバレッジ」を利かせることができたのである。当時、少ない資金で大きな金額の取引ができるこの仕組み―「レバレッジ効果」―が幅広く採用され、多くの投資家がこの「レバレッジ効果」を利用し、巨額の投資活動を繰り広げた。それは順調な時には投資家に大きな利益をもたらしたが、逆にバブルが崩壊するや投資家に巨額な損失をもたらすこといなり、米国および世界経済を土台から揺るがせていった。

こうして、「リーマン・ショック」という大恐慌状態が引き起こされたのである。