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(小林尹夫-哲学ルーム)

アメリカ発世界恐慌(2008年リーマンショック・1929年大恐慌)とソビエト社会主義(1928年第1次・1933年第2次計画経済) (第5回)

 経営破綻し、世界的経済危機の要因となった投資会社はリーマン・ブラザーズだけではなかった。2007年からの住宅市場の大幅な悪化とともに、投資銀行ベアー・スターンズもたちまち危機に陥った。

 投資銀行ベアー・スターンズは過大なほどのレバリッジ(小さな元手で大量の借り入れを行う…例えば1ドルの元手で33ドルの借入)を活用し、リスクは高いが大きな収益が見込める「サブプライム・ローン」を積極的に扱うヘッジファンド(限られた大投資家を集めたファンド)を通じて、巨額な取引を展開していた。ところが、2007年7月、傘下の二つのヘッジファンドが急激な住宅市場悪化で破産宣告に追い込まれた。本来ならば本体の投資銀行ベアー・スターンズがそれを救済しなければならないのであるが、ベアー・スターンズ自身何かあればすぐに引き上げられるレバレッジを使った資金運用をしていたため、彼らを救済するだけの資金・体力がなかった。手持ちの証券を担保に資金を調達する「レポ取引」があったが、その手数料が、かつては0%だったのが51%にまで一気に上昇し、もはやレポ取引も崩壊状態にあった。そして、更に問題になったのは、投資銀行ベアー・スターンズの「レポ取引」の決済銀行を務めていたのが、米国を代表する大銀行JPモルガン銀行だったことだ。JPモルガンが手を差し伸べなければベアー・スターンズは倒産となり、その影響はベアー・スターンズと繋がっている多くの金融機関・投資銀行ヘッジファンドに広がり、一気に大金融恐慌に突入してしまう。「あちこちと繋がりすぎていてベアー・スターンズは潰せない」-それがアメリ財務省連邦準備制度理事会FRB)とJPモルガンの判断であった。結局、JPモルガンが、買収資金300億ドルはFRBがすべて持つという条件で、ベアー・スターンズを買収し、その破産を救済したのである。

 ここで、明確になったように、ブッシュ政権アメリ財務省連邦準備制度理事会FRB)はその国家資金(本はといえば国民の税金)を無条件的に投入し、主要な銀行・投資銀行ヘッジファンドを救済する、そうすることで何が何でもとこの金融危機を乗り切る腹であった、ということだ。

 問題になっていたのはベアー・スターンズだけではなかった。かつて政府によって創設され、その後株式会社化された、政府系住宅金融公社「ファニーメイ」と「フレディマック」も危機に瀕していた。アメリカ政府とグリーンスパン議長を先頭としたFRBは、かねてから、この二つの公社を積極的にバック・アップし、住宅不動産金融を膨張させ、サブプライム・ローンの拡大に大きな役割を果たしていた。政治家たちもこれに手を貸し、議会と二つの公社の癒着は公然の秘密であった。アメリカ政府は、売れない不動産証券があると、これをこの公社に買わせ、問題化を回避させた。2007年夏には、この公社が抱え込んだ債権は5兆ドルに達していた。あまりにも「金額が大きすぎてつぶせない」-それがブッシュ・アメリカ政府とFRBの結論であった。これを潰したら、たちまち世界金融大恐慌となり、金融分野の企業だけでなく、あらゆる分野の企業が大量に倒産し、生産活動はストップし、国民はその貯金をすべて失い、惨めな失業に追い込まれる。米政府は、「バズーカ砲」と言われた巨額な公的資金の投入に踏み切り、9月初め、二つの公社の国有化に踏み切った。

 同じような理由で、世界最大級の保険会社であり、「格付け会社」であり、巨大ヘッジファンドと化していたAIGの危機もまた、公的資金の投入によって救済された。「大きすぎてつぶせない」-それがアメリカ政府とFRBの判断であった。

そうした中で、リーマン・ブラザーズだけが、政府・FRBから見離され、倒産に追い込まれた。リーマン・ブラザーズ自身はそれほど大きな投資銀行ではなかったが、過大にレバレッジを効かせていたので、その世界に与える衝撃は小さくはなかった。結局、リーマン・ブラザーズ公的資金は投入されず、あっけなく倒産に追い込まれ、世界に大きな混乱を及ぼし、衝撃を与えた。確かに、金融機関間の「取り付け騒ぎ」が起こり、いくつかの投資銀行は破綻したが、世界の全金融システムと全生産システムが土台から崩壊し、一般国民・市民を巻き込んだ大恐慌に陥ることは回避された。

 では、何故、リーマンだけが他の金融機関同様に、政府によって、公的資金によって救済されなかったのか?リーマンの頭取ファルド氏は「この疑問は墓に埋められるまで続くでしょう」と呟いたそうだが、その理由ははっきりしている。一言でいえば「生贄」(いけにえ)にされたということである。「多少、世界に衝撃を与えても、これを無傷で収めることは出来ない。どこかで犠牲を出さないと、国民の怒りは収まらないであろう」-それがブッシュ・アメリカ政府の腹であった。

 どこの国であれ、資本主義国の政治家・政府は、資本主義体制(実質は独占資本主義体制)を守るためなら、なんでもやる。それが彼らの最大の使命なのである。彼らは決して自らそのブルジョア権力の座を去ることはない。彼らは最後の最後まで、独占資本主義体制を守るために必死になり、あらゆる手を尽くす。彼らにとって、共同体と社会主義を目指す労働者・人民に対する攻撃・弾圧は必要不可欠であり、死に物狂いで抵抗し、反撃を加える。労働者・人民もまた自らの革命的権力―人民評議会―をもってこれに対抗することが不可避となる。激突は避けられない。

 しかして、資本主義体制にとって、恐慌は避けて通ることのできない病気、死の病に他ならない。この問題を解明した歴史上の人物こそが労働者階級の頭脳、カール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスであった。