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(小林尹夫-哲学ルーム)

アメリカ発世界恐慌(1929年大恐慌)とソビエト社会主義(1928年第1次・1933年第2次計画経済) (第13回 最終回 )

(13回・最終回とし、「ソビエト社会主義建設」については「ナチスヒトラーを倒したのは誰なのか?」で扱うことに) 

 マルクス・エンゲルス以後、歴史は、帝国主義時代(独占的大資本+他民族支配)に到達していく。恐慌からの脱出を実現させるために、「生産力(工場)」「生産物(商品)」の「大量の浪費」を生みだすべく、独占段階に到達した資本家たちは、様々な方法を考えだし、編み出し、或いは利用していった。その最たるものが「戦争」という「浪費」「市場拡張」である。過剰生産物の販路・市場を拡大すべく、他国に、特に未開の国に侵略し、新たな搾取と利潤を生みだし、またそこに生まれる軍事行動、戦争、新しい市場で「過剰」を解消させ、或いは「恐慌」からの脱出を図ったのである。こうした帝国主義時代の到来は、資本主義が既に健全な成長と発展を遂げることができなくなってしまったことを物語ってもいたのである。

 更に、第2次世界大戦の中からうまれた 「ケインズ経済学」は、国家財政・国家予算・国家債権を使って「新事業」を起こし、或いは「過剰品の買い取り」を実行し、「恐慌」を回避させるという巧妙な方策を編み出した。しかし、それは「一時的な成功」をもたらすことはあったが、結局は「インフレ政策」と言われ、結果、必ず最後は激しい「インフレ」(貨幣価値の下落とその結果としての商品の値上がり)や「バブル」(世の中に大量のおカネがあるのに、生産活動を活発にするような投資先が無く、株や土地など特定の商品に投資が集中し、その空売り的売買のみで儲けるという、見せかけだけで実体がない、泡のように儚い、直ぐに弾けて消えるような空虚な景気・経済)を引き起こしていった。つまり、そんな小手先の「ケインズ経済学」では、もはや、ずっと深い次元で蓄積されている「過剰生産状態」は解消できなくなっているのである。

 21世紀の初め、日本では「アベノミクス」というケインズ的インフレ政策が、「冬の時代にある日本経済を蘇らせ、高成長を復活させる画期的な大政策」として、鳴り物入りで登場したが、結果は大失敗に終わり、いまだに日本は「経済停滞」のままであり、国際的な経済競争に遅れをとり、その地位を低下させ続けている。

 こうした資本主義の現状を、的確に捉えたのは、近代経済学ケインズ経済学)を学び、金融資本業界で活動して来た、水野和夫氏であり、何年もベストセラーにランクインしている水野氏の著作『資本主義の終焉と歴史の危機』(2014年刊)である。

 彼はこの著作で次のように断言している。『資本主義の死期が近づいているのではないか。その理由は…端的に言うならばもはや地球上のどこにもフロンティアが残されていないからです』と。この指摘に始まり、『そもそもグローバリゼーションとは、「中心」と「周辺」からなる帝国システム(政治的側面)と資本主義システム(経済的側面)における…「中心」と「周辺」の組み替え作業なのです。…20世紀末までの「中心」は「北」(先進国)であり、「周辺」は「南」(途上国)でした。しかし21世紀に入って、「中心」はウォール街となり、「周辺」は自国民、具体的にはサブプライム層(注・世界の非正規労働者や失業者や貧困層を指す)になるという組み換えが行われました』と。

 そして『(このような)資本主義が地球を覆い尽くすということは、地球上のどの場所においてももはや投資に対してリターン(見返りとしての利潤)が見込めなくなることを意味する。…このような状態ではそもそも資本の自己増殖や利潤の極大化といった概念が無効になりますから、近代資本主義が成立する余地がありません』と結論付けた。

 水野氏が、この著書のような結論に到達していった切掛けは、1997年の北海道拓殖銀行山一証券が破たんした日本金融システムの危機にあったという。この時、氏は証券会社でマクロ経済の分析をしていたそうで、バブル崩壊金利が2パーセントに低迷した際、最初のころは一時的な落ち込みと判断していたが、いくら経っても、「戦後最長の景気回復」を経験してもこの低金利は一向に「改善」されることはなかった。なぜ? その謎解きに取り組む中で、氏はイタリア・ジェノバで起きた「利子率革命」(低金利時代への突入)―「長い16世紀」(中世封建社会の崩壊期)を知り、現代がまさに当時と全く本質を同じくする「長い21世紀」(近代資本主義の崩壊と新しいシステムの社会の幕開け)の真只中にあることに思い至ったのだという。歴史的事実を真剣に、率直に、素直に、マクロ的に、俯瞰的に、ありのままをリアルに見る時、自ずから真実が浮かび上がってくる。それは必然であり、決して偶然の事ではない。

 私有財産制度・私的所有制度を原理とする資本主義の限界は、今や「近代経済学者」にも明らかになってきた。恐慌は、ブルジョアジーにはもはや近代的生産力をこれ以上管理する力が無いことを暴露した。結局、人類社会は、新しい社会的共同所有を原理とする社会主義(国有化と計画経済)へと転換する以外に、生き延びていくことができないことが鮮明になってきた。

 エンゲルスは、資本主義が「社会主義」へ移行せざるを得なくなっている「予兆」として、資本主義下において生まれているいくつかの「国営企業」「国営事業」を取り上げている。「独占資本」や「トラスト」(独占資本の企業連合)の発生それ自身、経済活動の「社会化」「計画化」への接近であり、至る所に「社会主義の予兆」が見られる。独占資本主義国家のもとでの国有は、まずは郵便、電気、そして鉄道などの大規模な交通・通信・輸送機関において実行に移された。これらの産業は、まさに「引き受けざるをえない」ものであった。こうした国有化をエンゲルスが生きていた時代に最も熱心に推進したのは、ドイツ帝国の鉄血宰相ビスマルクであった。この時代、「ビスマルクの国有化」を「社会主義」という、似非社会主義者が現れた。こうした風潮を知り、エンゲルスは、はっきりと次のように言明した。

『(独占資本的大)株式会社になっても、トラストになっても、また国有が実行されたとしても、生産力の資本的性質がそれによって廃棄されない。…近代国家もまた…資本主義的生産方法の一般的な外的諸条件を維持するために、ブルジョア社会が作り出した組織であるにすぎない。近代国家は、どんな形をとろうとも、本質的には資本主義の機関であり、資本家の国家、観念としての全資本家である。国家は、生産力の所有をますますその手に収めれば収める程、いよいよ現実の全資本家となり、ますます国民を搾取する。…生産力の国有化は、衝突の解決ではないが、それ自身の内には、この解決の形式的手段、即ちそのハンドル(予兆のこと)がかくされている』と。

『(資本家は)生産手段または交通機関が成長して現実に株式会社では管理ができなくなって、経済的にいってそれを国有にするしか方法がなくて、国有化をするのだが、その場合それを今日の国家(帝政ドイツのような国家)がやっても、それも一つの経済的進歩である』と。

『恐慌は、ブルジョアジーには、近代的生産力をこれ以上管理する力がないことを暴露した。同様に、大規模な生産や交通機関が株式会社やトラス トや国有に転化することは、これらの目的のために、ブルジョアジーが不用であることを示する のといってよい。資本家の一切の社会的機能は今や月給取がやっている。資本家は、収入をまき あげること利札を切ること、取引所で投機をやり、資本家同志たがいに、資本を奪い合うこと 以外に、何らの社会的な仕事をしないのである。資本主義的生産方法は、はじめは労働者を駆逐したが、今や資本家を駆逐し、彼らを労働者と全く同じように、過剰人口の列の中に追いやるの である、たださしあたって彼らはまだ産業予備軍ではないだけだ』と。

 さて、ここで、再び「リーマンショック恐慌」に戻ろう。

 資本主義の危機に際し、多くの資本主義国家は、その「過剰生産」を克服すべく大慌てで、大量の貨幣を発行し、景気の刺激を試みる。が、行き先を欠いてあり余ったカネは値上がりしそうな特定の株やモノに集中投資され、激しいバブルを引き起こす。その空虚な好景気―バブル―は、やがて弾け飛び、株やモノの価格暴落が始まり、深刻な恐慌へと転落していく。1929年大恐慌も、リーマンショックも、まさにそうした必然の産物であった。

 ヌリエル・ルービ二NY大学経営大学教授は、スティーブン・ミームジョージア大学歴史学准教授との共著『大いなる不安定』明確に次のように言っている。

『(恐慌について)もっと暗い見方を示した思想家もいる。賛否両論があるカール・マルクスである。ミル、ジェボンズら、十九世紀の経済学者の大部分とは違って、危機は資本主義に不可避なるのであり、資本主義がいずれかならず崩壊することを示すものだと主張する。スミスが資本主義を賞賛するた めに『国富論』を書いたとするなら、マルクスは資本主義を葬るために『資本論』を書いたといえるのである。マルクスによれば、歴史を動かしているのは対立しあう二つの社会グループ間の闘争である。一方には資本家階級(ブルジョワジー)がおり、工場などの「生産手段」を保有している。他方には土地などの生産手段をもたない労働者階級(プロレタリアート)がおり、その 数が増えつづけている。マルクスの分析で中心になっているのは、財の真の価値はその生産に使 われた労働に依存するという主張である。資本主義者がコストを削減しようとして労働者を機械 に置き換えていくと、利益は逆に減少する。利益が減少すると資本主義者はさらにコストを削減 しようとし、やがて生産の過剰と雇用の不足によって経済は危機に陥る。そうなると、厳しい海 汰によって倒産と統合の波が起こる。いずれ、最後の危機を契機に、労働者階級による革命がこるとマルクスはみていた。

 一八四八年に(ミルの『経済学原理』と同じ年に)発行された『共産党宣言』で、マルクスは 資本主義の不安定性を生き生きと描いている。「近代ブルジョワ社会は、地下の魔物を呪文で呼 び出したものの、使いこなせなくなった魔法使いに似ている。......商業恐慌が周期的に起こり、 そのたびに脅威が増して、ブルジョワ社会全体の存立を脅かす」。危機は深まるばかりである。「こ の危機をブルジョワジーはどうやって乗り切るのか」と問いかけ、こう答える。「一方では大量 の生産力をむりやり破壊することによって、他方では新市場を征服し、古くからの市場をもっと 微底して搾取することによって」。だがこの解決策では、最後の危機を遅らせることしかできない。 「もっと広範囲でもっと破壊的な危機への道を整え、危機を防ぐ手段を破壊するからだ」。マルクスの思想は以上の要約が示すものよりはるかに高度であり、いまでも賛否両論がたえな点は、資本主義が本質的に不安定であって、危機に陥りやすいことをは じめて見抜いた思想家であることだ。マルクスによれば、資本主義は混乱を本質としており、か ならず深淵へと転落し、経済を道連れにする。したがって、それまでの経済学者が資本主義を自 已調整型の信頼できるシステムだとみていたのに対して、まったく違った資本主義像を提示した のである。資本主義は滅亡を運命づけられているという。これまでのところ、この主張の正しさ は実証されていない。しかし、もっと大きくみて、危機が資本主義に付きるのだという指摘はきわめて重要である』と。

 更に、その後の何章かでは、ヌリエル教授は、今回のリーマン危機そのものについて論じていく。

『当時(1929年大恐慌)も、いまと同様に、不動産と株式の投機的バブルが起こり、金融規制は最小限しかなく、金融のイノベーションが活発だったことから、バブルが巨大になって、それがはじけたとき、金融システム全体がほぼ崩壊し、産業界では景気の落ち込みが深刻になり、世界的な暴落が起こる状況になった。今回の危機が八十年前に起こった破局と恐ろしいほど似ているのは偶然ではない。大恐慌の 原因になったのと同じ要因が、今回の大不況にいたる何年か前にもはたらいていたのである。

 現代資本主義の歴史をみていくと、危機は例外ではなく、常態である』と。

「1929年大恐慌」に際して、ルーズベルト新大統領とアメリカ政府は、1400万人に及ぶ失業者の貧苦と怒り、全戸の5分の1が破綻した農民の激しい怒りと反乱を回避すべく、大型公共事業で不況と失業を克服するという「ニューディール政策」を採用した。がしかし、一時的効果はあったものの、完全回復は望むべくもなかった。

 実に、この1929年大恐慌埒外にいたのは、既に述べた通り、ソビエト社会主義連邦のみであったのだ。

 結局、世界のどの資本主義諸国も、この1929年のアメリカ発世界恐慌を克服・解決することはできなかった。そして、1937年に再び深刻な恐慌が世界を飲み込み、世界の資本主義国は一様に、保護貿易主義・ブロック経済に走り、再び帝国主義的な植民地再分割へと突き進み、第二次世界大戦へと突入していくのである。

 これは現代においても同じである。「恐慌」と「戦争」は切っても切れない関係にある。現代史を見る時、この視点が絶対に不可欠なのである。

 現在、世界全体で支出される軍事費は2020年の1年間で1兆9810億ドル(約213兆円)。日本はその2.5%にあたる491億ドル(5兆2620億円)を支出。これは世界9位の水準だ。日本の国内総生産GDP)に占める軍事支出の割合は、88年から20年まで一貫して0.9~1.0%の水準を維持している。

 日本の軍事支出は、88年には3兆6700億円だったが、90年に4兆円台に突入し、90年代を通して増加傾向を続けた。2000年代以降は概ね5兆円前後で推移していたが、19年、20年と続けて5兆2000億円台となるなど、ここ数年は増大傾向になり、2021年には軍事費は年6兆円に達している。

 スウェーデンに本部があるストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表した2020年の世界の軍事支出に関する調査によると、日本の軍事支出は491億ドル(5兆2620億円)で前年と同じ世界9位だった。世界全体では推定で前年比2.6%増の1兆9810億ドル(約213兆円)となり、統計を継続的に取り始めた1988年以降で最高となった。まさに「膨張止まらず」である。

 2020年の世界の軍事支出のGDPに占めるの割合は2.4%で、軍事費トップの米国は3.7%、中国は推定で1.7%、インドは2.9%だった。世界の軍事支出上位10カ国は、7780億ドルだった米国を筆頭に、推定で2520億ドルの中国、729憶ドルのインドと続き、以下、ロシア、英国、サウジアラビア、ドイツ、フランス、日本、韓国の順となり、前年とほぼ同じ顔ぶれだった。上位15カ国の合計は1兆6030億ドルで、全体の81%を占めた。

 「恐慌」が常態化する中で、経済の「戦争化」(軍事化)がすさまじい勢いで進んでいるのである。

              (2021年12月 執筆完了)